加齢による難聴の影響と予防策<周囲との関わりに影響するヒアリングフレイル>
「テレビの音が大きい」「声がけしても気がつかない」
このようなことが状態が増え始めた場合、聴覚機能の低下が考えられます。難聴の原因は様々ですが、今回は加齢による難聴「加齢性難聴」について詳しくお話をします。
この記事では、加齢による難聴の原因・予防対策方法までを、聴脳科学総合研究所所長を務める耳の研究者中石真一路が解説します。
目次
加齢による難聴とは
加齢による難聴は、音としては聞こえているものの、複数人での会話や騒音下において言葉が聞き取りにくくなる症状です。
加齢による難聴の特徴は、次のとおりです。
- 高音域が聞こえにくく、低音域は聞こえやすい
- 左右対称で難聴となる
- 加齢によって進行する
- 単純な音は聴こえているが言葉が聞き取りにくく会話を理解しにくい
- 大きな音は逆にうるさく感じる
年齢と難聴有病率の関係
国立長寿医療研究センターの「老化に関する長期縦断疫学研究(NILS-LSA)」という疫学調査(*2)によると、聴力レベルが25dBHLを超える難聴の有病率は65歳以上から急激に増え始め、75~79歳では男性71.4%、女性67.3%、80歳以上になると男性84.3%、女性73.3%が難聴という結果でした。このグラフを見ても年齢に伴い難聴の有病率が高くなっていることがわかります。
※NILS-LSA第6次調査(2008-2010)参加者対象(男性1,118名、女性1,076名)
加齢による難聴の原因
加齢性難聴は内耳の蝸牛内にある音を感じる部位が障害される感音性の難聴です。主な原因としては、加齢により蝸牛内にある有毛細胞がさまざまな要因によりダメージを受けてしまい、有毛細胞の数が減少したり、聴毛が抜け落ちたりすることで発症します。
詳しく知りたい方は 日本耳鼻咽喉科頭頸部外科外科学会ホームページ 難聴について | Hear well Enjoy life. – 快聴で人生を楽しく をご覧ください
加齢による難聴が与える影響
加齢による難聴は、自分では気づかないうちに日常生活にさまざまな影響をもたらす可能性があります。「年だからしょうがない」と考えるのではなく、加齢による難聴について正しい知識を得て自分ごととして理解する必要があります。
ヒアリングフレイル
ヒアリングフレイルとは「聴覚機能の衰え」つまり難聴を意味するとともに、難聴によって周囲との関わり合いが大きく変化し、フレイルに陥ってしまったり、フレイル傾向となってしまうことを含んでいます。
※フレイルとは虚弱を意味する英語「fraility」からできた言葉です。
周囲が聴力の低下に気づいていなかったり、気づいても大きな問題と捉えておらず、この状態を放置するとその他のフレイルと同様に心身の活力の衰えが進み、認知症やうつ病となるリスクが高まることが懸念されています。東京都豊島区では全国で初めて65歳以上の高齢者むけにスマホアプリを活用したヒアリングフレイルチェックが実施されています。
次のような変化が見られます。
- 話しかけても反応しなくなった
- 外出せず部屋に引きこもるようになった
- 以前よりも怒りっぽくなった
- 大好きだったテレビを急に見なくなった
- 以前に比べ会話が難しくなった
理解・記憶力が低下したように見えてしまうことで、もの忘れ傾向や、認知症傾向と誤認されるケースもあります。
家族は、大きな声でのコミュニケーションを行うことが日常になるため、周囲から威圧的に接していると勘違いされたり、周囲が悪口を行っているのではと不安になったり、聞こえにくい自分が腹立たしくなり、怒りっぽくなってしまう場合もあります。結果家族や友人との意思疎通がうまく行かなくなり、家庭内や地域で孤立が進んでしまう恐れがあります。
難聴を認知症と誤認していた家族の実話をもとに、筆者がプロデュースした短編映画「気づかなくてごめんね」俳優の石倉三郎さんに主演を演じていただいており、難聴により孤立しヒアリングフレイルに進んでいく状況をリアルに表現しました。まずは「聞こえにくさ」に気づき、具体的な対策を検討する。ことの重要さが理解できます。ぜひYouTube動画でご覧ください。
気づかなくてごめんね 家族編
難聴の早期発見と予防対策
ここでは、アプリを活用した自分でもできる難聴の早期発見や、難聴の予防法について解説します。
「みんなの聴脳力チェック」聞こえの状態をセルフチェック
加齢による難聴は、30代から発症すると言われています。しかし、聴力の低下はあるものの、日常生活において本人も困っていないケースや、本人が難聴に気づいていないことも多く見受けられます。また、聞き取りにく状態でも「話の前後を汲み取り内容を予想をする」ことも可能なため、周囲が難聴に気づかない場合も多く存在します。まずは、「ちょっと聞こえにくいかな…」と感じた場合は、スマートフォンのアプリを活用してセルフチェックをおこなってみましょう。
「みんなの聴脳⼒アプリ」はたった5分で気軽に聞こえの状態を知ることができるアプリです。東京都立産業技術センター、九州大学病院耳鼻咽喉科の協力のもと筆者が開発を行いました。
健康診断などで行われる簡易純音検査は「ピー」「プー」という音をどの大きさで聞き取れるかをチェックするものですが、「みんなの聴脳⼒アプリ」では「あ」「か」「た」などの単音の言葉の聞き取りをチェックします。「母音」と「子音」が聞き取れているか、聞き間違いがないかを100点満点で表示されます。詳細結果で表示されるので、聞き間違えなどが発見できます。また、過去の結果との比較ができるため、耳の健康状態の確認ができます。無料でダウンロードできますので、ぜひ一度試してみてください。
耳に負担をかけない生活を心がける
耳は24時間耐えず活動しています。またストレスなども影響します。以下を心がけ、出来るだけ耳に負担をかけない生活を送りましょう。
- イヤホンを使っての大音量でのテレビ、音楽鑑賞は避ける
- 仕事場が騒音下の場合には耳栓をする
- 騒音が出ている場所を避ける
- 静かな場所へ行き、耳を休ませる時間を作る
特に85dBの音を1日8時間聞いていると10~15年後に難聴を発症すると言われています。イヤホンやヘッドホンを使用し、大音量で長時間テレビの視聴や音楽を聞いたりしている場合は耳へのダメージがさらに蓄積される可能性があります。
イヤホンやヘッドホンの使用後に耳鳴りや閉塞感があるような場合は、音響外傷の可能性が考えられます。症状が軽度であれば2~3日で回復しますが、耳鳴りが繰り返したり、長引く場合は服薬による治療が行われます。「まぁ大丈夫かな」と考えず、すぐにでもお近くの耳鼻科の受診をおすすめ致します。
加齢性難聴に関するよくある質問
全ての人は加齢性難聴になるのでしょうか?
年齢と難聴有病率の関係の図を見ていただく80代を超えた男性の15.7%、女性の26.7%では難聴を発症していないことがわかります。高齢により全ての方が難聴を発症するわけではないことがわかります。難聴を発症していない方の生活習慣や食事などを研究することで難聴を進行させないヒントがあると考えています。
加齢による難聴が進行するとどうなりますか?
難加齢性の難聴は、両方の耳の聴力の低下が少しづつ進行していくため、本人は気づいていないことも多く、日常生活においては「テレビの音が大きくなる」「会話が大きくなる」などが見受けられます。しかし、ご本人は「聞こえにくさによる不便さ」を感じていないケースもあり、家族や周囲が気づくことがほとんどです。しかしながら聞こえに関しての指摘はしにくいこともあり、「歳だから」と諦めているケースがほとんどです。また家族が耳鼻科の受診を勧めてもなかなか受診に至らず、結局難聴を放置することとなり、気づいた時には難聴がかなり進んでしまっている場合があります。そのような状態となると、外出が億劫になったり、怒りっぽくなるなど「ヒアリングフレイル」となってしまう可能性が高まります。
まとめ
このコラムでは、加齢による難聴について、その原因や対処方法、予防対策について詳しく解説しました。現在では健康的な生活を末長く実現するために「生活習慣病の予防」など政府が力を入れて取り組んでいます。しかし、加齢性の難聴については「歳だから致し方ない」と考える傾向が強かったため「難聴の予防」などの啓発が進んできていなかったと感じています。難聴は認知症の最大のリスクであることが研究報告され、フレイルにも影響するなどの理解が進んでいく中で、たくさんの方にご自身の「耳の健康」について考えていただけるようになることを祈っています。では次回のコラムまでお楽しみに。
聴脳科学総合研究所 所長
修士(保健医療学)
中石 真一路 Shinichiro Nakaishi
約3年の研究を経て、耳につけない対話支援システム「comuoon」を発明し、「スピーカーシステムによる聴覚障害者の情報アクセシビリティ」を確立しました。2012年4月にユニバーサル・サウンドデザイン株式会社を設立し、聴脳科学総合研究所所長として高精細音響の人体への影響や聴覚リハビリを研究しています。2016年から聴力低下によるフレイルの研究を開始し、2019年に認知症検査における聴力低下の影響を報告。ヒアリングフレイルの予防と理解啓発にも取り組んでいます。研究実績はこちら。