難聴の高齢者との意思疎通を改善するには〈難聴の種類に応じた対応の必要性〉
高齢者とのコミュニケーションの際に「意思疎通ができない」「話しかけても反応が薄い」と感じている人も多いのではないでしょうか。
この記事では、難聴の高齢者との意思疎通を改善するポイントについて、聴脳科学総合研究所所長を務める聴覚研究者中石真一路が解説します。
目次
高齢者との意思疎通ができないと感じる2つの要因
高齢者との意思疎通が難しくなる主な要因として、加齢による「聴力の低下」や「認知機能の低下」が挙げられます。
難聴と認知症を見分けることは非常に難しい上に、認知症と難聴の両方がある場合は、認知症がより進行しやすいという報告もあり、早期発見と適切な対応が重要です。
老人性難聴についてや早期発見、予防方法については、下記の第一回コラムで詳細に解説しています。
https://u-s-d.co.jp/laboratory/archives/column/1335
加齢による難聴が周囲との関係に与える影響
加齢による難聴が、日常生活や周囲との関わり合いにおいて以下のような影響をもたらす可能性があります。
- 会話の内容を本人が理解できない
- 本人が発する声の大きさが分からず、声が大きくなる
- 家族や介護者が大きな声で話しかけると、本人が威圧的と感じてしまう
- 本人が聞こえているふりをしてしまい、早期発見が遅れる
- 意思疎通がうまくいかず心を閉ざし、家庭内や地域で孤立が進む
さらには、夫婦喧嘩や熟年離婚、嫁姑問題などの原因にもなりかねません。
筆者のYouTubeチャンネルでも詳しく解説していますのでご覧下さい。
難聴の種類
難聴には以下の3種類があります。
- 伝音性難聴・・・声が小さく聞こえる
- 感音性難聴・・・小さい声や大きすぎる声でも言葉として聞き取れない
- 混合性難聴・・・伝音性難聴と感音性難聴の両方の症状がみられる
つまり「難聴=大きな声で話しかければ大丈夫」ではなく、相手の難聴の種類によってコミュニケーションの方法を変える必要があるということです。
声がけで相手の聴力レベルを把握するポイント
意思疎通を改善するには、まず相手がどれくらい聞こえるか、難聴の種類を把握することが重要です。
ここでは声がけで相手の聴力レベルを把握するコツと、聴力レベルに応じた対応について解説します。
通常の音声と少し声量を上げた会話を用いる
最初から大きな声を発することはせず、相手のとの距離も考慮し、通常の音量での話声を織り交ぜ、「どの程度の音量で反応がある」を観察しましょう。
筆者は難聴の方と対話をする場合、「声量・距離可変対話手法」により「聴覚アセスメント」を実施しどの程度聞こえにくいかを把握します。
「伝音性難聴」の場合は同じ声量のまま相手との距離を詰める。声量を上げることで伝わりやすくなります。
高齢者が「音は聞こえるけど言葉としてわからない」と訴える場合は「感音性難聴」の可能性があり、大きな声では意思疎通改善が難しいので、「聴覚アセスメント」を実施し、最適な音量と距離を探る必要があります。また、聴力低下がかなり進んでいる状態は語音弁別能力が低下しています。その場合は「対話支援システム」の利用で意思疎通が可能か確認しましょう。
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https://secure-link.jp/wf/?c=wf09722868
聞こえやすい方の耳を把握する
仕事の影響で以前から聴力が低下していたが、加齢性難聴によりさらに低下してしまい聴力の左右差が生じる方もいます。通常の音声で話しかけることで聞き取りにくい場合は「聞き取りやすい方の耳」を前に出されます。
右の耳を出された場合は右から話しかけるなど、状態の把握ができその情報を家族はもちろん施設内でも共有することでコミュニケーションの質の向上につながります。
話の内容を理解できたかしっかり確認する
「相手が頷いたから聞き取れている」と判断するのではなく、本当に話の内容を理解できているのかを質問を交えながら確認することが重要です。
聞き取れている場合は質問などがあり、発話者側による一方的なコミュニケーションではなく双方のコミュニケーションに変化していきます。
認知症で難聴のある方との意思疎通のポイント
認知機能の低下と加齢性難聴を発症している場合、難聴による影響なのか認知機能の低下による影響の反応かの区別は専門家でも難しいものです。
「聞こえていなくて理解できないのか?」「聞こえてはいるけど理解できないのか?」の対応方法は全く違います。「難聴もあるけど認知機能が低下しているから理解できない」と決めつけず、対話支援システムの活用をぜひ試みていただきたいです。
対話支援システム「補聴ではなく対話支援の必要性」
認知機能が低下した場合、補聴器の装用や管理が難しくなる場合があります。その場合コミュニケーションを諦めるのではなく、対話支援システムの活用をおすすめします。
話者が活用する「対話支援機器」を筆者が発明しました。聴脳科学総合研究所では、認知症の方で難聴もある方とのコミュニケーションを改善するべく「オレンジイノベーションプロジェクト」に参画し、認知症当事者の方の協力を受けより使いやすい機器を目指し改善研究を進めています。
コミュ-ンについて詳しくはこちら
https://www.comuoon.jp/about/
オレンジイノベーションプロジェクトについて詳しくはこちら
https://www.dementia-pr.com/
難聴についてさらに詳しく学ために
令和6年9月13日に高齢社会対策大綱が6年ぶりに改定され、健康づくりの総合的推進に「加齢による難聴者への対応」が加わりました。これまで聴覚障害は先天性による「障害福祉」と、疾病に対する治療「医療」という側面が強かったものの、加齢による難聴が加わったことで「高齢者福祉」的な側面が加わりました。これは筆者が4年にわたり「ヒアリングフレイル」啓発を進めてきたことが理解される世の中になったと感じています。
「難聴」は誰もがなり得るものであるからこそ、医療介護従事者はもちろん皆さんにも正しく理解をしていただきたいと考えています
さらに、詳しく知りたい方は「ヒアリングフレイルサーポーター」養成講座をぜひご覧ください。
内閣府 高齢社会対策大綱(令和6年9月13日閣議決定)
https://www8.cao.go.jp/kourei/measure/taikou/r06/hon-index.html
ヒアリングフレイルサポーター養成講座について詳しくはこちら
https://u-s-d.co.jp/hfs/
まとめ
このコラムでは、難聴の高齢者との意思疎通を改善するポイントについて解説しました。
相手の聴こえが悪く、聞き返しが多いからといって、大きな声で威圧的なコミュニケーションを取るのは誰しも良い気持ちはしません。コミュニケーションは一方通行ではなく双方向であるべきです。「高齢者の聞こえについての正しく学び」は、お相手との意思疎通の実現につながり、結果として信頼関係の再構築やQOLの向上につながるでしょう。
難聴高齢者1,563万人、10人に1人が難聴の時代です。私たちもいつか介護される側になります。たくさんの方が高齢者の難聴を正しく理解し、難聴者に適切な対応ができるようになる社会となるために引き続き尽力して参ります。
では次回のコラムまでお楽しみに。
聴脳科学総合研究所 所長
修士(保健医療学)
中石 真一路 Shinichiro Nakaishi
約3年の研究を経て、耳につけない対話支援システム「comuoon」を発明し、「スピーカーシステムによる聴覚障害者の情報アクセシビリティ」を確立しました。2012年4月にユニバーサル・サウンドデザイン株式会社を設立し、聴脳科学総合研究所所長として高精細音響の人体への影響や聴覚リハビリを研究しています。2016年から聴力低下によるフレイルの研究を開始し、2019年に認知症検査における聴力低下の影響を報告。ヒアリングフレイルの予防と理解啓発にも取り組んでいます。研究実績はこちら。